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まくらの何様コラム

身勝手な文章を、気ままに、つらつらと。考察、洞察大好き人間。

ほとんどの人は、結局自分が一番正しい。

こんにちは、まくらです。

 

 

久々に、読書感想文以外の投稿です。

 

 

表題についてなのですが
本来僕は、そもそも
「正しいか正しくないかで話を考えること」自体に否定的なのですが
あえて今回は、その前提を忘れて話を展開します。

 

さっそく本題。
人間、生きていると
新たな環境に変わった時などに
「自分の考えが正しいのか」知りたくなったり
「これからどうすればいいのか」悩んだりして
いろんな人にアドバイスを求めたくなるときがありまよね。

 

でも、人間
自分自信の経験から得た教訓はもちろん
いろんな人の話をずっと聞いて生きてきています。

もっというと
歴史の勉強、童話、ドラマ、映画、漫画、ドキュメンタリー、
サクセスストーリー、失敗談、etc...
身の回りの人以外からも、こんなにいろんなパターンや意見を
脳内に蓄積する場面があります。


だから、それらの経験をもとにいろんな角度から考えをめぐらせ
自分の意見を作ることができるんです。

 

なのに、なぜか、それだけでは不安になってしまう。
そして答え探しの旅に出る。


で、いざ
「よし!アドバイスをもらいに行くぞ!」と思って
いろんな人に話を聞いてみても
「Aさんの言うこととBさんのアドバイスが正反対なんだが…」なんてことに
陥るものです。

 

そして、困ったことに、AさんもBさんも、どちらの言うことも正しかったりします。
当然です。
正義の反対はまた別の正義というように
正しさは常に一つではないのですから。
AさんもBさんも、彼らの中ではそれが正しいのです。

 

こうなってくると、結局
どれかを選んだり、捨てたり、混ぜたり、取捨選択をしなくてはいけないのですが
それをするのは誰か。

 

そうですね。
自分自身です。

 

で、その基準は、当然自分の考え方の礎となってきた部分に依存しますから
結局あんまり自分一人で考えてたことと
変わらない結論に帰ってきたりするんですよね。

 

最終的に選ぶのは自分である。

 

これが結局
人に話を聞いても、糧になるかはわからない」理由です。

 

よっぽど追従している、ロールモデルの方がいれば
全部その人の言うことが「正」になるので
最終決断者が自分に帰ってくるなんてことにはなりませんが
それはそれでどうなんだというところではあります。

 

 

 

直感とは、脳内があらゆる情報を踏まえて
瞬間的に合理的な答えを導いた結果だ

 

なんて言ったりもしますが
あながち間違ってないんでしょうね。

 

 

 

 

というわけで 

結論:自分の答えを信じてみてもいいんじゃないの?

 

 

そう自分に言い聞かせると
思い切った行動もとれるようになったりするんじゃないでしょうか。

 

 

本日もお付き合いいただき
ありがとうございました。

 

では、また次回もよろしくお願いします。

 

 

まくら

お金持ちになれる気がする本。

こんにちは、まくらです。

 

 

かなり久しぶりの更新となりました。(お仕事忙しい…)

 

今回も最近読んだ本のお話です。

 

今回を読んだのは

www.amazon.co.jp

菅井敏之氏のこの著書。

 

 

感想ですが、表題の通り
お金持ちになれる気がする本です。
私はいつも本を読んで実践せずに終わってしまう
一番意味ないタイプなんですが…笑

 

なれる気がする理由は三つですかね。
・現実のシーンに即していて想像しやすい
・途方もない努力を必要としていない
・わかりやすい
なので簡単にできそうな気がするのです。

 

この本を読んでいて一番いいなと思ったのは
現実の具体的な話をしているのに
小手先の話にとどまらないことです。

 

多くの本が
A:体系的だが、抽象的すぎて普段から意識しにくい。
B:現実的だが、小手先のテクニックによりすぎている。
この2パターンに属してしまいがちだと思うのです。

 

しかし、本著書は
現実的なシーンを通じて、お金や人生の本質的な話に迫り
なおかつ、現実的な手段を提案してくれる 
という、内容にしています。
これが本著書を読んで一番すごかったところでした。

 

なので、根本的には
有名なお金の本「金持ち父さん」と
同じようなことを説いていたりします。

 

 

まとめると

メリット
・わかりやすい
・根本的なお金への姿勢や理解が身につく
・本の書き方の参考になる

デメリット
・著者の収入がそもそも高い
・長期的な視点が必要
・途中の数値周りが少し難しい

 

こんなところですね。

 

 

今日もお付き合いいただき
ありがとうございました。
ではこの辺りで。


また次回もよろしくお願いいたします。

 

まくら

ストレングスファインダーを、やってみました。

こんにちは、まくらです。

 

今日はちょっと趣向を変えて

いつものように、何かに物申すのではなく

自分の話を、備忘録代わりにログにしようと思いまして。

 

というのも、タイトルにもあるように

有名な「ストレングスファインダー」を

やってみました。

こういう性格診断的なもの好きなんですよね。

 

www.amazon.co.jp

 

この書籍も、近いうちにしっかり読まねば。

 

 

早速ですが

結果はこんな感じでした。

 

「指令性」

「活発性」

「個別化」

「自我」

「未来志向」

 

この5つが、私の強い部分らしいです。

なかなか組織の中で発露していくのは難しそうだなと思ったり。笑

 

今日は、あっさりとここまでにしておきます。

 

では

 

 

まくら

テレビの討論に物思う。もう少し自分で問答してから意見を言おう。

こんにちは、まくらです。

 

最近、私事ですが忙しくしていた為

更新が滞っていましたが

表題の通り、今日は

偶然見たテレビの番組の中で

思うことがあったので、記事を書きます。

 

自分の意見を主張しあう番組は

論点がずれていることが多く、あまり好きではないのですが

今日見た番組は

全体的に出演者の方々が、相手の言い分を理解して

いろんな側面を考えられた発言をしていたので

見ていてそこまでストレスなく見れました。

 

しかしそれでも、なぜこんなに

理にかなっていない主張を、恥ずかしげもなくできるのか

という場面がありました。

(特に、一般人参加者の方々でしたが。)

 

特にその中でも、一番腑に落ちなかったのが

「海外の人から見た、日本のおかしいところ」というテーマで

「なぜテレビがグルメ番組ばかりなのか?」という意見でした。

 

別にこの意見自体はいいのですが

この意見の補足として

「日本のテレビは買う必要がない」

「本当に人の為にいい番組を作る気がない」といった内容があり

 

その中で、テレビ局がそういう番組ばかり作っていることについて

こう、理由付けています。

 

「簡単にお金を稼げるから」

 

ー原因は本当にそこにあるのですか?

 

ん??待て待て

「テレビ局が視聴率の取れる、低俗な番組ばかり作ってること」を批判している

そこまではわかりました。

 

そして、それに対して

「そういった番組のニーズが存在するから」

「そういう番組でないと視聴率が取れないから」だと返答が来る

 

なぜその上でまだ、制作しているテレビ側を責めている

なぜ????

 

「視聴率がとれない」ということは

誰が選んで起こしている現象なのか

考えないのであろうか。

 

この現象は、紛れもなく、いま批判側に立っている視聴者たちが

その原因となって、起きているものなのだが。

 

つまり、

原因はそういった番組を作っても見ない視聴者に

問題があるのではないだろうか。

少し、問題を順に追っていく為に、自問自答を繰り返せばわかるし

その場で帰ってきた返答からも、推察できると思う。

 

実際に、そういった教養の為や、人の知的財産となる番組を放送して

少なくとも彼らは、その番組を見てくれるのだろうか。

 

制度にしたってメッセージにしたって

どれだけいい目的を持った画期的なものであっても

受け手が、その深い部分を理解して使うことをしないと

形骸化するということも知らないのであろう。

 

そういった流れの中で、ある東大生の一般参加者が

「そういうものが大切なんだと、スポンサーに屈さずに押し切ればいい」

と偉そうに発言していたが、もはやただの文句である。

 

 

ー人間、そんなに好き好んで悪いことをしない。

 

本当に、テレビを作っている側も

望んでそういった番組ばかり作っているのであろうか。

 

そういったことを考えず

よくない物事を全て、表面的に見えている部分だけで判断していると

問題の本質を見逃し

本当は最ももがき苦しんでいる人を、悪人のように

扱うことになりかねない。

 

こんな悲しいことを避ける為には

「よくないものごとが怒っている時に

 誰かの悪意が働いていると決めつけない」

ことが大事なのだと思います。

 

 

今日言いたかったことをまとめます

・問題の根本的な原因を、自問自答して見つけること。

・問題を、誰かの悪意のせいだとは思わないこと。

以上2点です。

 

今日も、駄文にお付き合いいただき

ありがとうございました。

 

ではまた次回。

 

 

まくら

ことわざには、正反対のことわざもあることを心得よ。

こんにちは、まくらです。

 

今日の内容は、現在読んでいる本の内容でとても共感できる文章があったので

その点について書きます。

 

読んでいる本はこれです。

樋口裕一 著『頭のいい人、悪い人の話し方』

  

www.amazon.co.jp

 

 

おそらく、嫌いな方は嫌いな本であろうなあと思いながら

Amazonのレビューを見たら…笑

まあ基本的に批判に終始しているので仕方ないですね。

 

ただ、その中で、私が非常に共感したのが

何でもかんでも、「道徳的な説教」、つまり「ことわざ」等を用いて

画一的に何かを断罪し、いいことを言った気になっている

そういう人たちを罵っている章(一番最初です)でした。

 

日々思っていたことなのですが

物事には絶対の法則などない。

それはいろいろなことわざに

反対の教訓を諭すことわざも存在することからもわかるように

万物は、正しく状況を分析した上で使わないと

思考停止の押し付け、バカの一つ覚えになるということでもあります。

 

(例)

「渡る世間に鬼はなし」⇔「人を見たら泥棒と思え」

 

なので、私が言いたいことは

ことわざにしろ、教訓にしろ

それがどういった背景の元で生まれた言葉なのか

理解した上で使わないと、意味がないどころか

人を苦しめることに繋がりかねません。

 

料理をするための包丁を

人に向けて使えば凶器になります。

 

言葉は道具です。

道具は使い方を間違えると、思わぬ災いを招くことがあります。

 

よくことわざ等を用いて、人を諭そうとする人には

ぜひ心得ておいてもらいたいなと思います。

 

相手はあなたの話を真剣に聞いていますからね。

 

 

さて、私の話も、この本のように批判じみてしまいましたが

(この本のことは、割と私は好きですよ)

もう少し明るい話をするよう心がけます。

 

今日もお付き合いいただき

誠にありがとうございました。

 

それではまた次回。

 

 

まくら

【読了】『MBAクリティカルシンキング』を読んで得られたこと。

こんにちは、まくらです。

 

今日は、最近読んだ本の感想を備忘録も含め、つらつらと書きます。

 

読んだのはこの本↓↓

グロービスMBAクリティカル・シンキング

前表紙

 

www.amazon.co.jp

 

 

ー本の概要  

MBAやコンサルに関わる方であれば、基本中の基本

馴染み深い1冊でしょう。

 

クリティカルシンキング」とは何か

と思われる方もいらっしゃる方も多いと思いますが

本書で定義されている以外にも

あらゆる企業や書籍が提唱していて

その定義は一つではありません。

 

なので私は、この本を読んだことや、その他あらゆる場所での定義を踏まえて

こう定義します。

 

クリティカルシンキングとは

「行動ベースまで落としこんだロジカルシンキング

である。

 

行動ベースまで落とし込むことで

ロジカルシンキングに比べ

より問題解決に直結する、実践的な考え方であると言えます。

 

 

ー読もうと思った背景

私自身、幼少時代より因果関係を正しく読み解くことが好きで

大学時代にも、社会学部であった延長上

短期間ではありますが、社会統計学を学んでいたこともあり

よく知人には、私の「論理展開力、洞察力、分析力」

を高く評価してもらえることがありました。

 

だがしかし、体系的に学んだわけでも、まとめたわけでもなく

経験をもとに、場当たり的に対応しているだけなので

「これは一度、綺麗に自分の中の引き出しとして確率しておく必要がある…!」

と考え、この本を手に取りました。

 

 

ー読んでみた結果

まず単純な感想ですが、「読んでみてよかった」というのが率直なところです。

やはり、個人が経験をもとにぼんやりと身に付けてきた力に比べ

とても強力でわかりやすく、隅々まで網羅されています。(当然ですが)

 

その結果、私にどういうメリットがあったかというと

・自分の思考法の抜け漏れを埋める部分に出会えた。

・自分自身でも、たまにできたりできなかったりした考え方や、効果がある気がするものの何故それが効果があるのか明確に言えなかったところ、等を明らかにしてくれた。

・バラバラだった考え方をそれぞれつなぎ合わせ、体系的な理解にまで深められた。

 

の三点ではないかと感じています。

やはり本は偉大であると感じさせられました。

自惚れたままいるよりも、真摯に学んでみる方が、確実に自分の考え自体も

より深いものになると確信を得ました。

 

総括して、自分の思考の拠り所となるものができたことにより

自分のオリジナルである考え方の部分を

この本の内容を元にした自己流のアレンジとして捉えられ

「自分の頭で整理しておかなければいけないこと」

「自分の頭の外に整理されていること」が分別できたこと

が、最大のメリットではないでしょうか。

 

また、これは本全てに言えることかもしれませんが

やはり本を読む最大のメリットは

「体系的に理解させてくれること」ではないでしょうか。

 

 

ーこの本をオススメな方

正直なところ、この本の中身はまとまっていますが

一つ一つをしっかり深く理解しないとついていけません

読むのが辛くなります。

(正直私もどの程度まで理解できているのか怪しいです。)

 

と考えると

「頭いい人って、どうやって考えているんだろう?勉強してみよう!」

的な小難しいことが苦手だと感じる人には

この本はオススメできません。

「難しいこと考えてるんだなあ…よくわかんないや…」

となり、学ぶこと自体を諦めかねないからです。

 

一方で

「なんとなく自分って論理的って言われるし、観察力とかもある気がするんだよな」

って、ぼんやりとした自信があるという

自分が賢い気がしている人(私です)には

この本はオススメです。

 

おそらく

・打ちのめされる

・新たな気づきを得て、自信を確信にする意欲が生まれる。

のどちらかが得られます。(私は後者でした)

 

 

ー結論

「学び→実践」のサイクルを貪欲に繰り返せれる人間に

なりたいな、ならなくちゃ、絶対なってやる〜と思いました。

 

 

今日はここまでです。

 

シルバーウィークも今日で終わりですが

明日からも頑張って行きましょう。

 

 

まくら

 

 

www.amazon.co.jp

「昔」という、主体によって時代を変える都合のいい言葉。

こんにちは、まくらです。

 

 

今日はタイトルにもあるように

「昔」という言葉が、都合のいいように使われているという話をします。

 

まず結論から言いますと、「昔」=「自分のよく知る、居心地のいい時代」なのですね。

 

そして、そういった意味の「昔」が使われているのは

主に2パターンです。

 

 

①昔は良かった

②昔からそうやってきた

 

 

①の場合はわかりやすいですね。

スマホですぐに連絡を取れる時代を見て

「昔は良かった。待ち合わせはドキドキしたし、出会いを大切にしていた。」

的な、いわゆる懐古主義ですね。

 

これはとてもずるいですよね。

昔という言葉を、自分たちの思い出深い

都合のいい地点で止めてしまっていますから。

 

誰も決して卑弥呼の時代に生きたいとは思わないでしょうし

何を持って昔の地点を決めるかは、主体によりますから

一切、客観的な比較をなされた上での発言ではないのに

必死に今を生きている人たち、今しか知らない子供たちは

勝手に時代ごと否定されるという、理不尽な目に合います。

 

でも、今の世の中を作っているのは

先ほどの発言をしている人たちと同じ世代

もしくは、その人たちが育てた子供たちの世代の方々なんですよね。

 

 

②は、よくあるのは

新米が目上の方に向かって疑問を投げかけた時に

「昔からそうやってきたんだ。つべこべ言うな。黙ってやれ」的な発言ですよね。

 

私はこれがとても嫌いでして

というのも、

昔からそうやってきたのは、その当時の状況に合った理由があるからで

その理由を考えず、その「何かの結果として最適であったやり方」を押し付けるのは

相手の「なぜ?」という疑問の答えにはなっていませんし

何より「進歩する機会の放棄」です。

 

本当にそのままがいいと思っているのか

面倒だから黙らせるのに都合がいいと思って使っているのかは

定かではありませんが。

 

 

①にしても、②にしても

どちらにせよ言いたいのは

あなたの言う「昔」も

いろいろ変化を経た上でたどり着いた時代、

もっと言えば、変化の中の一瞬でしかない。ということ。

 

「今」を否定し、自分の思う「昔」を肯定することは

時代の変化そのものの否定、つまり

自分たちが生きた時代をも否定していることに他ならない。

 

まあ、当の本人たちも気づいている上での発言なのではないかとは、思ったりします。

時の流れほど、逆らえない物はありませんから

言いたくなる気持ちは、少しわかるんですよね。

最近、少し感傷的になることが多く、自分も歳をとったなと感じます。笑

 

どうですかね、みなさんの周りには

やたらと、一定の時代のことを昔と読んでいる人はいませんでしょうか。

そういう人がいたら、水道も車もエレベーターもない

弥生時代くらいにタイムスリップしてくれないかと祈りましょう。

 

 

本日もここまでお付き合いいただき

ありがとうございました。

 

また次回もよろしくお願いします。

 

 

まくら